射精のグルメ
金曜の夜に押し付けられた業務が全て終わる頃には、すっかり陽が上っていた。
会社の外に出ると、そこには既に休日があった。行き交う人々の殆どが観光客のようで、普段のサラリーマン達の洗練された動きに慣れていると、どこかもどかしさを覚える。
そうでなくとも、徹夜明けの身体には世界の何もかもが重たく感じた。まるで自分だけが世界に取り残されているかのようだった。稚拙な思い込みだと頭で理解をしていながらも、感情というのはなかなかどうして、すんなりと受け止めてくれない。
とにかく、僕は腹が減っていた。
会社内の自動販売機で1時間おきに缶コーヒーを買っていたので、口の中はえづきそうになるほどコーヒー臭く、全身がまともな食事を求めているのがわかった。
僕はごちゃごちゃと考えることをやめて、会社の近くにある牛丼屋に入った。24時間、いつでも温かい牛めしと味噌汁を提供してくれる。これがまともな食事でなければなんであろうか――。
席に着き、券売機で購入した牛めし(並)の食券を店員に渡すと、僕はようやく「ふう」と大きなため息をついた。温かいお茶を一口、また一口と飲むごとに、心も身体も落ち着いていくのがわかる。昨晩はどうなることかと思ったが、どうにかなったのだ。
世の中は案外、そういうふうに出来ている……。というか、『そういうふう』になるように頑張っている人達が数えきれないほどたくさんいて、そのおかげで成り立っている。
もっとも、そんな歯車の一員となれたとして、何一つ嬉しいという気持ちはないのだけど。
「オマタセァシマシタ」
『ちょういぇん』と書かれた名札を付けた店員が、牛めしと味噌汁を載せたお盆を僕の前に置く。
僕は牛めしに紅生姜を少しだけ載せて、わし、と大きな一口を頬張った。
◇
「やあ」
口から食道をするりするりと通り抜けた牛めしが、胃の前に現れた。
「あら、ようやくマトモなお食事のおでましってわけね」
「待たせちゃってごめんね」
そう言いながら、牛めしは胃の頬を優しく撫でる。胃の肩がビクンと小さく跳ねるのを、牛めしは見逃さなかった。
「そんな安っぽい口説き方、求めてないんだけど」
口ではそういうものの、胃は物欲しそうにもじもじと身体を揺らしている。長くご無沙汰だったのだ。こういった少し露骨なくらいの口説き方をするほうが、かえって刺さるということを、牛めしは本能的に知っていた。
「ねえ、お邪魔していい?」
「……駄目、って言っても入ってくるんでしょ」
「よくわかってるじゃない」
牛めしの指が、胃の秘所に触れる。ぬる……とした感触は、とても「駄目」と言いたがっているようには思えなかった。
「入るね」
牛めしは自身をあてがうと、そのままゆっくりと奥へ沈めていく。
「っ」
小さく喘ぐ胃を気にも留めず、牛めしは自分のペースでナカに入っていった。
「全部入ったよ」
余裕そうな牛めしの声とは対象的に、胃はいっぱいいっぱいという様子だった。顔は紅潮し、目尻には僅かに涙を浮かべている。もはや相槌もままならない。
「動いていくからね」
そう言うと、牛めしはゆっくりと動き始めた。一回、また一回と自身を打ち付けるたび、胃は弓のように身体を反らせて感じている。
少しずつ、牛めしの息が荒くなってきていた。胃は最初こそツンツンとしていたのにもかかわらず、今は声を抑えもせずに、叫ぶように喘いでいた。
「ッ出る……!」
牛めしがひときわ大きく動いた直後、二人は同時に果てた。お互いがびくびくと震えているのを、お互いの身体で感じる。
二人はそのまま、一つになるように抱き合った。
◇
「やあ」
「あら、ようやく来たのね」
「待たせちゃってごめんね」
そう言いながら、牛めしの精子は胃の卵子の頬を優しく撫でる。胃の卵子の肩がビクンと小さく跳ねるのを、牛めしの精子は見逃さなかった。
「そんな安っぽい口説き方、求めてないんだけど」
口ではそういうものの、胃の卵子は物欲しそうにもじもじと身体を揺らしている。長くご無沙汰だったのだ。こういった少し露骨なくらいの口説き方をするほうが、かえって刺さるということを、牛めしの精子は本能的に知っていた。
「ねえ、お邪魔していい?」
「……駄目、って言っても入ってくるんでしょ」
「よくわかってるじゃない」
牛めしの精子の指が、胃の卵子の秘所に触れる。ぬる……とした感触は、とても「駄目」と言いたがっているようには思えなかった。
「入るね」
牛めしの精子は自身をあてがうと、そのままゆっくりと奥へ沈めていく。
「っ」
小さく喘ぐ胃の卵子を気にも留めず、牛めしの精子は自分のペースでナカに入っていった。
「全部入ったよ」
余裕そうな牛めしの精子の声とは対象的に、胃の卵子はいっぱいいっぱいという様子だった。顔は紅潮し、目尻には僅かに涙を浮かべている。もはや相槌もままならない。
「動いていくからね」
そう言うと、牛めしの精子はゆっくりと動き始めた。一回、また一回と自身を打ち付けるたび、胃の卵子は弓のように身体を反らせて感じている。
少しずつ、牛めしの精子の息が荒くなってきていた。胃の卵子は最初こそツンツンとしていたのにもかかわらず、今は声を抑えもせずに、叫ぶように喘いでいた。
「ッ出る……!」
牛めしの精子がひときわ大きく動いた直後、二人は同時に果てた。お互いがびくびくと震えているのを、お互いの身体で感じる。
二人はそのまま、一つになるように抱き合った。
◇
「やあ」
「あら、ようやく来たのね」
「待たせちゃってごめんね」
そう言いながら、牛めしの精子の精子は胃の卵子の卵子の頬を優しく撫でる。胃の卵子の卵子の肩がビクンと小さく跳ねるのを、牛めしの精子の精子は見逃さなかった。
◇
「やあ」
牛めしの精子の精子の精子が、胃の卵子の卵子の卵子の前に現れた。
◇
そうして、生命の神秘たる活動は無限に等しく繰り返されていき、体内で幾つもの世界を描いてゆく。
まあ、どういうことかというと、僕は牛めしを一口食べた瞬間に射精したということなんだ。
『ビュルルルルル! ビュビュル! んビュ……』
それに気付いた大学生風の男が口元を隠し、耐えきれずに「クフッ」と笑みを漏らす。
定食を食べていたギャルは、全く関心の無いニュアンスで「ヤバ」と呟いた。
ひょうきんものらしき中学男子が「かっけー!」と叫び、その横にいたメガネを掛けた男子が「ちょい、やめろって、お前まじで頭おかしいから」と笑いながら止める。
極めつけに店員(ちょういぇん君)が面倒臭そうにこちらを睨みつけてきたので、僕は思わず「タハハ……」と笑った。
「いや、なんか、っかしーな、こんなつもりじゃなかったんだけどな(笑)。あの、おしぼりだけもらえます? 自分でちゃんと、ええ、やりますんで。すみませんね」
僕はそう言いながら、照れ隠しで味噌汁を一口飲む。
『ビュルルルルル! ビュビュル! んビュ……』
僕は射精した。
Obirux氏の『ゲームボーイマクロ』が届いた
皆さんは『ゲームボーイマクロ』をご存知ですか?
『ミクロ』ではなく『マクロ』。
ニンテンドーDS(主に『DSLite』)にゲームボーイアドバンスの下位互換性があることを利用し、2画面あるうちの上画面を取っ払い、ゲームボーイアドバンス専用機として改造する行為を指します。
個人的に製作したものがオークションサイトなどで扱われていたりしますが、とりわけクオリティが高いのが、イギリスの『Obirux』というアーティストが手がけるゲームボーイマクロ。
他にも様々なゲームのカスタマイズ品を製作している方で、いずれも素晴らしい完成度を誇っています。
そんなObirux氏に製作を依頼してから、およそ半年。
ついに本日、僕の手元にゲームボーイマクロが届きました。
丁寧に梱包されたハードケースには、オーナーの名前入りのタグが添えられています。
今回オーダーしたのは、初代ゲームボーイのカラーリングを模したモデル。
A・Bボタンは塗装でなく一から成形しているそうで、その完成度は既製品と見紛う出来。もともと上画面が付いていたとは思えません。
また、ゲームボーイミクロの付属品によく似た、黒色の巾着ポーチが付属しているのも嬉しいポイント。気軽に持ち運ぶことが出来ます。
この日のために、かつて遊べなかったタイトルをしこたま買い集めておきました。
しばらくはひたすらGBAタイトルを遊ぶ日々になりそうです。
特急と新幹線の2時間
僕の実家は北海道の札幌市にある。
母方の祖母も同じく札幌の出身で、熊本から遠路はるばるやってきた祖父と結ばれて、2人は最終的に北海道の白老町というところに落ち着いた。
人口およそ2万人弱。苫小牧市と登別市の間にあったと記憶している。
僕は祖母の家に行くのが好きだった。小学校の低学年くらいの頃の話だ。
札幌駅から『特急すずらん』に乗って、2時間と少し。祖母が札幌まで来ることが多かったので、その帰りに一緒に乗っていくことが多かった。
僕は漫画を読んだり、ゲームボーイ・カラーで遊んだりしながら、2時間を潰す。祖母はのんびりと座って、時折車内誌を読んでいた。
祖母は特急に乗る前、決まって何かを買ってくれた。キヨスクでお菓子とジュースを買ってくれたり、ロッテリアでハンバーガーのセットを買ってくれたりした。
それを食べながら過ごす2時間は、不思議とたいくつじゃなかった気がする。なんとなく非日常的というか、子供なりに電車を楽しんでいたのだろう。
僕は物心つく前から電車の絵本を読むのが好きだったらしい。今はてんで覚えてないし、普段使っている山手線の車両もわからないけど。
白老駅はこじんまりとした駅で、駅員がきっぷをモギってくれる。そんな素朴な雰囲気も好きだった。
特急きっぷを駅員に渡して駅を出ると、祖父が車で待っててくれていることが多かった。祖父の家から歩いて10分くらいもしないけど、今ならその気持ちがわかるような気もする。
僕は祖父母の家でゴロゴロしながら、連休を過ごした。
たまに車で外食に連れて行ってもらうこともあった。
その時、祖父は決まって『俺は目が悪いから、お店の看板が見えたら教えてくれ』と言う。僕は張り切って看板を探したものだった。
程なくして、僕が11の時に祖父は亡くなった。祖母は札幌の娘夫婦の家(つまり僕の実家だ)へ来て、白老の家は売られてしまった。それから、白老には行っていない。
あれから十余年が経っても、僕は電車の長距離移動のたびに、特急すずらんの2時間を思い出す。
今日は新幹線で、東京から新大阪へと向かっている。所要時間は2時間半。
指定席のテーブルを下ろして、駅弁を広げる。きっとこの時間は、ちょっとした冒険なのだ。目の前の景色も、そこに抱く感情も、あの時と何も変わらない。
まあ、強いて変わったことがあるとすればーーーー、
『いただきます』
僕は駅弁と一緒に取り出した缶ビールのプルタブを起こす。僕はお酒はあまり飲まないけど、新幹線の缶ビールは何故か美味い。
あとは車内誌代わりの電子書籍でも読んでいれば、大阪へはあっという間だ。
電車、いいですよね。